最高裁判所第三小法廷 昭和26年(オ)235号 判決
上告人の上告理由は、後記のとおりであつて、これに対し当裁判所は次のように判断する。
昭和二一年二月一日勅令第六八号の恩給法の特例に関する件は、旧憲法のいわゆる緊急勅令であつた昭和二〇年勅令第五四二号「ポツダム」宣言の受諾に伴い発する命令に関する件(議会の承諾により法律と同一の効力を有するに至つた)の委任によつて制定された勅令であつて、その第一条は「軍人若ハ準軍人、内閣総理大臣ノ定ムル者以外ノ陸軍若ハ海軍ノ部内ノ公務員若ハ公務員ニ準ズベキ者又ハ此等ノ者ノ遺族タルニ因ル左ノ各号ニ掲グル恩給ハ之ヲ給セズ」と規定しその六号として「扶助料」を挙げている。そしてその後恩給法第一九条は、昭和二一年九月二八日法律第三一号をもつて改正され、第一項中の「軍人」第二項中の「準軍人」は削除された。なお、前記勅令第五四二号は、平和条約の効力発生の日(昭和二七年四月二八日)から施行された昭和二七年四月一一日法律第八一号により廃止されたが、同法は第三項において「この法律は勅令第五四二号に基く命令により法律若しくは命令を廃止し又は、これらの一部を改正した効果に影響を及ぼすものではない」と規定している。
以上の諸規定によれば、今日現在までのところ、義務兵役に服した兵卒を含めたすべての軍人、軍属並びにこれらの者の遺族の恩給、扶助料等は支給されないことゝなつており、現行恩給法第七三条の「公務員又ハ之ニ準ズベキ者」とは、同法第一九条に掲げる者を指し、軍人、軍属を含まないこと原判決の説明するとおりである。それゆえ、論旨は理由がない。
よつて、民訴第四〇一条、第九五条、第八九条に従い、裁判官全員の一致した意見で、主文のとおり判決する。
(裁判官 井上登 島保 河村又介 小林俊三 本村善太郎)
昭和二十六年(オ)第二三五号
上告人 伊藤定次郎
被上告人 国
上告人本人の上告理由
(一) 恩給法は原則として国庫納金を納めない義務兵士には恩給給付の規定はないが、従来例外として殉職の場合に限り、一応公務員に転身させて其の死を対象に、特に今も変らぬ恩給法第七十三条を適用し、元軍人の身分を計算器として量定した恩給の半額を目途に、新に転身した殉職公務員の遺族たるの資格に因つて、裁定された上告人の扶助恩給権であつて、元来恩給法では勅令の所謂軍人の遺族たる者は存在を認められてないにも不拘、暫定期間戦務に服し陣歿した義務公務員の霊格までも覚書の所謂敗残軍閥(罰)に吊り枉げて其の遺族を処罰した事の明確な錯覚に基く違法処分なりと抗告するのである。
(二) 仮りに死を対象とした咎なき遺族の扶助料も特典給と見て没収的に廃止せよと指令されたのが覚書の狙いであると解しても、被上告人が失権裁定の手続上敗残追放軍罰に因る事の明白な軍人恩給と抱き合せ特に之れ等の遺族と仮称して勅令第六十八号に織り込み支払拒絶した儘既に恩給法の改廃も完結し、且つ新憲法実施と同時に有名無力となつた勅令を引用して支払拒否を続ける当局の作為は明かに失当なりと主張するのである。従つて恩給法が改廃されて軍人恩給は没収排除の裁定があつても、公務員の遺族たるに因つて受くる上告人等の権利は、従前の儘恩給法第七十三条に留保されてある事も、立証出来ると抗告するのである。
以上要するに恩給基金の完済を楯に、軍務に服した事に因つて剥奪廃止を指令された、軍人恩給の代替復活を優先的に見越して処理された、当局の覚書の取扱や処理対策事務手続き上の誤りが禍をなして、国際的に軍国支持の叛逆的潜法行為なりとの連合軍側の疑惑を招き、凡そ軍務や軍人恩給とは完全に因果の中断した子女に扶養されて共に喘く咎なき上告人を再び敗残軍残務の犠牲に軍国栄華の夢に破れて尚生活に余裕のある軍神巻族や生活保護を受くる遺族と同律に、謎の軍罰を引用して無産廃老の生活に必要な恒産権までも、屈従的な堪忍放棄を見送る如く強制される事に因つて蒙る上告人の被害は、被上告人が政略に行き過ぎて貧弱な上告人の人権を経視した行政事務の錯覚に基く憲法に適合しない。恩給権の侵害なりと上告するのである。
以上
昭和二十六年(オ)第二三五号
上告人 伊藤定次郎
一、公務員の遺族たる事の主張に付追補
勅令第六十八号の所謂軍人軍属の遺族、即ち覚書の軍務に服した事に因る者の遺族とは、例い遺族自身が軍人であつても恩給法第七十三条では、公務員の遺族の同律に野人の資格で扶助料を受くる権利更生する事を保証し、
尚ほ深く堀下げて見るに軍国日本の二十歳以上の男子は、総て軍役を義務付けられてあつた旧憲法に因つて見るも、六十歳以上で伜の陣歿に因つて完全に軍務や軍人恩給との因果の中絶した上告人の新たに更生した権利である。
即ち恩給法上の遺族は親等以外は平等無差別に公務員の遺族野人であると重ねて主張を追補致します。
以上
昭和二十六年(オ)第二三五号
上告人 伊藤定雄
被上告人 国
上告人本人の上告理由
(一) 恩給法では原則として国庫納金を納めない義務兵士に恩給を給付する事は出来ないのでありますが、補償法のなかつた旧憲法時代では例外として殉職の場合に限り一応公務員に転身させて、其の死を対象に今も変らぬ恩給法第七十三条を適用し、元軍人の資格に因る基本的恩給額を標準に算定した額を、更に其の遺族たる上告人の扶助恩給権として裁定されたので、死滅した軍人恩給権を継承したのではなく、元来恩給法では勅令の所謂軍人の遺族たる者は認められていないのであるにも不拘、暫定期間軍役に服した義務軍公務員霊格を其の遺族と結び付け軍人恩給と同様に特権給と見て没収廃止を強制された覚書の指令を鵜呑みに、慰藉補償的本質の扶助料までも支給を拒絶される事は日本当局の錯覚で覚書の精神でないと、総司令部元「ネフ」福社課長等の弁解で明かになつた限り不当な行政処分なりと抗議するものである。
(二) 昭和二十一年十一月二十四日附覚書の請け容れ処理対策上勅令第六十八号第一条に、凡そ軍務とは完全に因果の死滅した野人遺族を殊更『軍人の遺族たるに因つて』給付されてある扶助料として直接『軍務に服した事に因つて』没収廃止を指令された軍人恩給と共に、之を支給せずと勅命された事は、既に恩給法中から失権排除された軍人恩給と抱き合せ、共に厚生年金に切り替い代替復活を見越して扶助料も共に一時支払を中止された儘の法術的作為に基く、不自然な仮処分であつて、其の後失権排除の手続きも完了し、且新憲法実施と同時に之れ等軍事に関する一切の法令は自然廃棄となり、軍人恩給と同格に枉けた思惑外れの今日、尚ほ之れを口実に支払拒絶を続けられる事は二十一年八月八日衆議院生活保護法委員会に於ける元河合厚相の弁解を推して見ても明かに代替復活事務の手違いに因る権利行使の中止であつて、覚書や恩給法の権限を冒し扶助料までも失権裁定し得なかつた証拠に、上告人の享有既得権は従前の儘恩給法第七十三条に留保されてあると主張し、他に之れを反駁し得る事由のない限りは覚書や恩給法を潜り損ふて、追放引責された、当時の厚相懲戒処分の対象に、故なく上告人を謎の軍罰に処したものであると抗告するものである。
以上要するに国庫納金の完納を楯に、軍人恩給の代替復権を優先的に扶助料の随従を見越して拒叱された。連合軍側の猜疑を解く為めに善処しないで逆に咎なき無産廃老までも、軍国栄華の夢に破れた軍神圏族並に吊り上げて生計の支柱と換いた貧者の生活に必要な恆産権までも、屈従的に堪忍放棄を見送る如く、仕向けられる事は罪償死滅の天則に背く、伝統的な弱者に強く当り過ぎる、政略的恩給権の侵害なりと上告するのである。
以上
昭和二十六年(オ)第二三五号
上告人 伊藤定次郎
被上告人 国
上告人伊藤定次郎の上告理由(追補)
一、去る三月三十、三十一の両日に亘り衆参両院で審議可決されました陣歿軍公務員の遺族補償(保障)決議(別紙日本遺族通信参照)や其れに対する黒川厚相の弁明を推して見るに、上告人の主張する如く恩給法第七十三条に遺族野人の生活に必要な恆産権として保障されてある扶助恩給の代替補償を決議したのであります。元来慰藉補償的本質の扶助料までも死滅した軍人恩給権の継承なりと曲解し、征服強権の発動に因り没収廃止を前提に現物の支給を差し止められた『軍人恩給と共に支給せず』と勅令第六十八号に織り込んで其の給付を拒絶された事の非合法である事は、右決議に因つて見ても明かに異論の余地はないのであるにも不拘、今尚『軍人に関する事であつた為め当時の曖昧な諸情勢に騙されて特別な保護を加へた優越的特権給と見て軍人恩給と共に没収廃止されたのである』との偏見を楯に、其意に反し臨戦強徴されて陣歿した義務戦士の、軍務とは完全に因果の死滅した遺族や、軍国栄華の夢に蹟り過ぎて自ら火中の粟を拾ふた終身軍神圏族も共に敗残追放軍人と同格に吊り上げ、軍人恩給と抱き合せ一時権利の行使を差し止めねばならぬ事務的工作の思惑外れであつた事の情を識つて、逆に故なく三年以上の禁錮刑に相当する軍罰を科し、扶助享有権の堪忍放棄を見送ろうとされる当局の仕打は、納得出来ないと主張する上告人の抗議を裏付けられた。此の世論に対し『政府と致しましては其の趣旨を十分了承しました』と言明されて居ますが、覚書や勅令の取扱に実のない誠を以て善処されたと同様、現在の緊迫した諸情勢では尚更廃老までも一律に誠実味のある庇護は政略的に困難な問題と見て裁判に訴いたのである事を考慮されまして、審判を御願いします。
以上
昭和二十六年(オ)第二三五号
上告人 伊藤定次郎
被上告人 国
上告人伊藤定次郎の上告理由(補修)
右当事者間の名古高等裁判所金沢支部昭和二十五年(ネ)第一〇七号恩給権侵害確認請求事件に付二十六年三月三十一日言渡された判決を全部不服として四月十一日上告提起して置きましたが、其の後政府では代替補償法案の詮議に着手されたとの情報に接しました事を裏付に左の通り(二)の事由を補修致します。
上告の事由
(二) 昭和二十年十一月二十四日付占領軍総司令官の発令された覚書請け容れ処理対策上、勅令第六十八号第一条に凡そ軍務とは完全に因果の中絶した野人を殊更『軍人の遺族たるに因つて』と、軍人格に枉けて受給されてある。慰藉補償的本質の扶助恩給も亦、直接『軍務に服した事に因つて受給されてある』。賞賜的特権給と見て没収廃止を前提とした。敗残追放軍人恩給と共に抱き合せ支給す。と支払の拒絶を規定された事は、軍人恩給の失権排除後扶助料も共に厚生年金に切り替い。代替復活を見越して一時権利の行使を中止された。法術的作為に基く、不自然な仮処分であつて、其の後軍人恩給の失権裁定も完了し、且つ新憲法の実施と同時に自然廃棄となつたにも不可、今尚ほ軍人と同格に枉けた思惑外れを口実に、支給を拒絶される事は、二十一年八月八日衆議院生活保護法委員会に於ける、河合厚相の弁解を推して見るも、明かに勅令の拘束は支払事務の中止であつて、覚書や恩給法には例い軍公務員の死を対象とした遺族扶助料であつても、之れを支払拒絶に因つて失権裁定すべき法的根拠のなき証拠に、死亡の翌月上告人の既得権と確定した扶助享有権は明確に従前の儘、今も変らぬ恩給法第七十三条に留保されてあるとの見解を以て、茲に被上告人が権利に対しては有名無力な勅令を公布して、覚書の指令を潜り損ねた失策の責を負うて、追放された河合厚相の懲戒引責の相手に、咎なき上告人等に謎の軍罰を科して恆産権までも侵略された事は正に憲法に適合しない権利の侵害なりと抗告するのである。
以上